『森林と人間-ある都市近郊林の物語』(石城謙吉著/岩波新書)

  浜口哲一さんの書評から、「いろいろな立場でフィールドの維持管理に携わっている人にはぜひ読んでほしい本」とのお勧めがあった本の紹介です。
   副題にある「ある都市近郊林」とは北海道大学の苫小牧演習林(現苫小牧研究林)のことで、著者が40才弱でその責任者として赴任してから、約20年間をかけて森の再生と利用の促進をはかってきた物語です。著者が赴任した当時の演習林は、長年落葉広葉樹林を伐採してカラマツなどの植林をすることが続けられてきて、しかもその結果が芳しくなかったために、荒れた印象の森が続いていたと言います。著者は、演習林を森林研究の拠点にふさわしい場所として見直すために、その責任者をかって出たのですが、さらに現地に赴任してから多くの市民がそこを訪れて休日を過ごしているようすを見て、市民への開放も重要な要素だと気づいたと言います。演習林というのは、林学科の学生が実地に学んだり研究を行う場として設置されているものですが、実際には林業経営が行われていて、そこからの収入で運営されるという一面を持っています。著者は森の荒廃の原因が、森林を木材生産の場としてしか見ないドイツ直輸入の日本の林学そのものにあると見なしていますが、私も林学出身なのでそのあたりは、よく納得できました。具体的な改善として著者が行ったことは、ゾーニングを行って、手を加えない森、落葉広葉樹林への転換を図る森などに分けること、中心部については8つに分けて8年サイクルで択抜や大がかりな手入れを行って森を育成していくこと、さらには林内を流れる川の自然度を高めること、遊水池をかねた池や湿地を作ることなどでした。これらを順次、進めていくことで、立派な林相が甦り、動植物が豊かになるとともに、市民の来訪も目立って増えてきたと言います。また、研究の場としての利用も促進され、樹冠観測塔などのユニークな設備が設けられて、多くの研究者が多様な成果をあげていると言います。これらの作業は、ほとんどを演習林のスタッフが自前で進めたというのですが、赴任当初はそれまでの林学科教員の指示とあまりに違うので、スタッフの間に反発も見られたと言います。それが、徐々に一丸となった森作りに取り組む雰囲気が出来てきたのについては、著者の指導力や人柄はもちろんのこと、林班ごとの管理、高密度な林道網作り(といってもここでは地形が平坦なので路肩を伴わない作業道的なものだそうでが・・)、木材生産の取り組みなど、林学的な林の管理手法が十分に取り入れられていることがコンセンサスの土台にあったのではないかと思われ、そこに著者の深謀を感じました。こうした森作りの考え方の基礎の一つになったのが、ヨーロッパに見られる「都市林」というものでした。都市林は、産業革命以降の急激な都市化の反省から、多くの都市に設けられるようになったもので、数千ヘクタールの面積を持ち、市民の散策にふさわしい魅力的で心地よい林相を持ち、歩道などの設備が十分設けられていると同時に、木材生産の場としても機能しているのだと言います。こうした都市林の紹介が日本ではなされてこなかったこと、それを林学が取り入れてこなかったことにも著者は疑問を投げかけています。最終章は、「森と人の歴史」として東西文明の歴史の中での森と人の関わりが概観され、日本における農耕文化の受容が、森林との共生と両立していた特性が指摘されています。苫小牧は個人的にも縁がある場所なのですが、うかつにもこの森には足を伸ばしたことがありませんでした。今度機会があれば必ずようすを見てみたいと思ったことでした。いろいろな立場でフィールドの維持管理に携わっている人にはぜひ読んでほしい本です。(2009/3 浜口哲一)